月別アーカイブ: 2015年10月

10/31 食べ物について

まず、食べられないものがある場合、教えてくださいね。

今回、イタリアに行くと言うことで、毎日がイタリア料理、となります。
日本のように多様性(中華料理、カレー、フレンチ、など)がないので、毎日のオリーブオイル使用料理に辟易するかも?しれませんが、4日間、現地でしか味わえない「素材の生きたイタリア料理」を堪能していただけたら、と思います。

日本同様かもしれませんが、イタリアは、場所ごとに料理法・名物も異なります。
今回行くヴェネト州は、イタリアの中でもポレントーニとバカにされるほど、「ポレンタ」が名物です。土地がやせていてとうもろこしか採れなかったので、とそれを挽いて練ったポレンタばかりを食べているという揶揄です。味はほとんどありませんが、味の濃いものと一緒に食べる、まるでご飯のような主食ものです。

アンティパスト(前菜)
プリモの前に、小腹が減ったのを落ち着かせるための、軽い一品(一皿:ピアット)です。
サラミの盛り合わせ、魚介類の盛り合わせ、サラダ系、肉団子系、などいろいろ。
みんなで取分け可能です。
もちろん、生ハムもアンティパスト。パルマの生ハムがやはり甘くておいしいですが、隣の州のサン・ダニエレという種類も味が強く食されてます。ヴェネトでも生ハムが生産されるところがあります。
サラミにもいろいろ種類があり、ミラノ風、ハンガリー風などあったり、ヴェネト地方ではソプレッサという半生風なサラミをよく食べます。

プリモ(最初の)
パスタ、リゾット、スープなどです。
パスタの種類によってメニューが分かれているのがほとんど。田舎に行くと、パスタの種類とソースの種類を選べたりもします。
パスタ(粉でこねたもの、という意味)の種類だけでも、スパゲッティ、ペンネ、リングイネ、フェットチーネ、そしてラビオリ、ニョッキ、ラザーニャ、と種類が増えていきます。
リゾットは、大概2名様から、というのが多いですね。
スープは、温まりたい方、おなかが余りすいていない、という方、おすすめです。野菜からとったスープ、肉塊からとったスープに分かれますが、店ではそのどちらかでしょう。ミネストローネという、野菜たっぷりのスープは、冬の食卓にはかかせません。

ヴェネトでは、ビーゴリという、うどんのような丸い太い黄色いパスタが地元パスタとして食されています。

セコンド(二番目の)
つまり、メインで、肉か魚か。

肉の種類は、鳥(Pollo)、豚(Maiale)、牛(Manzo, vitello)に加え、ウサギ(Coniglio)、馬(Cavallo)、アヒル(Anatra)、いのしし(Cinghiale)、しか(Cervo)、ほろほろ鳥(Faraona)など、これまた豊富です。ヴェネトでは、先のスープの出汁を取った肉塊をセコンドに使ったり、蒸した肉(Bollito)もよく食べます。
魚は、やはりヴェネツィア。近海で捕れるわけではない(工業用水などで汚い)のですが、少なくともアドリア海の海の幸が魚市場を賑わします。またヴェネツィアならではの魚料理も見られます。レストランでは、一般的に白身魚のグリルなど。

ヴェネツィアでは、サルディンサオール(小いわしの南蛮漬け)、フェーガト・アッラ・ヴェネツィアーナ(ヴェネツィア風肝煮込み)、魚介類のフライ、イカ墨パスタが地元料理。
パドヴァでは、田舎に行くと肉のグリル、立派な鶏冠をもつ鶏も有名。
ヴィチェンツァでは、猫を食べます。。。というのはヴェネト地方の冗談で、それとは全く関係なく、バッカラという干し鱈の料理が有名。
ヴェローナでは、馬肉など。

コントルニ(付け合せ)
サイドの食べ物として、温野菜(ズッキーニ、なす、じゃがいもなどの炒めたもの、フライドポテト)冷野菜(サラダ)があります。

ドルチェ(デザート)
日本に比べると、上品な洗練されたデザートはありません。
定番のティラミス、パンナコッタ以外には、「おばあちゃんの焼き菓子」(Torna della nonna)、半冷凍のクリーム菓子(semifreddo)、などが一般的。ちなみにコーヒーを頼んでも、一緒に出てこず、ドルチェの後にやってきます。
また、甘いものが苦手な人は、ズグロッピーノという消化を助けるシャーベットのような飲み物を注文する人もいます。

チーズ
イタリアはチーズも有名です。
モッツァレッラは、アンティパストに、カプレーゼ(トマトとモッツァレッラ)として出てきますが、ブーファラBufalaという水牛のモッツァレッラのようなチーズは南の地方のもので、そのまんま出てきます。
チーズの盛り合わせなど、食後まだ物足りない人やワインのお供に、頼んだりもします。パルミジャーノ・レッジャーノ(パルメザン)、ペコリーノ(山羊の乳)、グラナ・パダーノ(ヴェネトなど北部のチーズ)、アジアーゴ(柔らかめ、ヴィチェンツァ北部)、ゴルゴンゾーラ(おなじみ青かび、甘目と辛目あり)、リコッタ(さっぱり、お菓子用にも)など、これまた種類が豊富です。

朝ごはん
イタリアの家庭では、エスプレッソまたはそこに温かい牛乳を入れたものに、堅いビスケットを何枚か、というのが普通。

コーヒー系の飲み物
エスプレッソ:濃いコーヒー、「カッフェ」と頼めばこれ(1~1.3ユーロ)
マッキアート:エスプレッソに泡立てた牛乳をいれたもの、小さいカップ(エスプレッソと同じ値段)
カップチーノ:エスプレッソに泡立てた牛乳をいれたもの、大きいカップ(1.5ユーロ前後)
カッフェ・ドッピオ:量が2倍のエスプレッソ、大き目のカップ(カップチーノぐらいの値段)
ラッテマッキアート:暖かい牛乳の中にエスプレッソを入れたもの、グラス(カップチーノぐらいの値段)
カフェ・アメリカーノ:エスプレッソをお湯で割ったもの(カップチーノぐらいの値段)
※カップチーノは、朝の飲み物。飲んでもお昼まで。夜はほとんど飲みません。

食事のお供のアルコールは、肉は赤ワイン、魚は白ワイン、アンティパストはプロセッコ、ピッツァにはビール、という暗黙のルール?があります。
飲み物に関しては、Q&Aに書いてますので、ご確認ください。

11/30 予定の若干の変更

予定の変更といっても、夕食に関する変更の提案です。

  • 11/20金 ホテルにて食事
  • 11/21土 ホテルのある街メストレのチェントロ(旧市街)で食事
  • 11/22日 ヴェネツィアで食事
  • 11/23月 田舎のアグリトゥーリズモ等で食事
という予定にしていましたが、
11/23、どうしても足が見つからないので、田舎での食事をあきらめます。期待させてしまい申し訳ありませんでした。
ただ、11/20の昼食に、田舎での食事を考えていますので、その代わりになればと思います。

提案その1
11/23 ヴェローナで食事。食事の時間19.30頃までショッピング。

提案その2
11/21 ヴィチェンツァからの帰り、列車をパドヴァで途中下車し、市内観光もしつつパドヴァで食事。
11/23 最後の夜を、ゆっくりとメストレのチェントロで食事。

細かい話でスミマセン。
田舎でアグリトゥーリズモと言った手前、申し訳なく、また、できるだけ多数の要望に答えられたらと思い、記事にさせていただきました。
第二回ミーティングの議題にしたいと思います。

11/1911/2011/2111/2211/2311/2411/25

11/19の予定

04:00?
09:15
11:15
乗り合いバスにて空港へ
関西国際空港 到着
関西国際空港 出発
福井

大阪
ちょい宅

KLM航空
15:15
20:35
22:15
23:00
アムステルダム空港 到着
アムステルダム空港 出発
ヴェネツィア空港着
ホテル着
オランダ

Mestre
KLM航空

11/20の予定

08:30
09:30
10:45
12:30
ホテル 出発
家具工場 見学
ブリオン墓地 見学
昼食
Mestre
San Vito d'Altivole

専用車
14:30
17:00
19:00
カノーヴァ彫塑館 見学
バッサーノ・デル・グラッパ 街見学
夕食(ホテルにて)
Possagno
Bassano del Grappa
Mestre
専用車

帰路 電車利用
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11/21の予定

08:15
08:55
09:15
11:00
12:30
ホテル 出発
パドヴァ 着
建築現場 見学
ラ・ロトンダ 見学
昼食
Mestre
Padova
Padova郊外
Vicenza郊外
Vicenza
電車
14:00
15:00
16:00
19:00
設計事務所 見学
テアトロ・オリンピコ 見学
バジリカ・シニョーリ広場等 街見学
夕食
Vicenza
Vicenza
Vicenza
Mestre


帰路 電車利用
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11/22の予定

08:30
09:30
10:00

11:00

12:30
ホテル 出発
ヴェネツィア建築大学正門 見学
プンタ・デッラ・ドガーナ (希望者のみ入館)
又は 周辺見学後 サン・マルコ広場鐘楼
オリヴェッティ・ショールーム 見学
サンマルコ広場周辺 散策
昼食
Mestre
Venezia
Venezia
Venezia
Venezia
Venezia
Venezia
電車又はトラム
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
13:30
14:30
16:00
17:30
19:00
リアルト橋周辺 散策
修復住宅 見学
クエリーニ・スタンパーリア 見学
サンマルコ広場周辺 など 散策
夕食
Venezia
Venezia
Venezia
Venezia
Venezia
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
徒歩(水上バスも利用)
帰路 電車利用
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11/23の予定

07:45
09:30
11:30
12:30
ホテル 出発
ヴェローナ市民銀行 見学
エルベ広場 ランベルティの塔 等 街見学
昼食
Mestre
Verona
Verona
Verona
電車
バスで 市内へ
13:30
15:00
19:00
アレーナ(古代ローマ闘技場) 見学
カステルヴェッキオ美術館 見学
夕食(田舎のトラットリアで)
Verona
Verona
Verona~mestre間
専用車で
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11/24の予定

05:00
06:30
08:40
ホテル 出発
ヴェネツィア空港 出発
アムステルダム空港 到着
Mestre
Venezia
オランダ

KLM航空
14:30アムステルダム空港 出発オランダKLM航空

11/25の予定

09:35
10:46
11:37
11:46
関西国際空港 到着
関西国際空港 出発 はるか
新大阪 着
新大阪 発
大阪JR
13:33福井駅 到着
解散
福井

10/28 飛行機の座席

今回使いますKLMオランダ航空ですが、WEB上で席の確保、移動などすることができます。

ただ、チケットのタイプによって、座席の確保に非常に制限がかかるようなのです。
従って格安チケットを今回利用していますので、席の確保にてこずっています。
毎日のように空く席が替わったり、取っていたはずの席が勝手に移動されていたり。。。
KLMお客様係に電話しましたが、取った席が動くことも可能性としてあるし、WEB上で取った席も確定ではないのでご了承ください、ということなのです。
これまでの経験上考えられないのですが、搭乗30時間前からのWEBチェックイン時にもう一度調整できますので、それまでに席の希望がありましたら、教えてください。

座席表の見方
座席に人が座っている場所が、私たちのグループが確保しているところです。
人が座っていない、白い席は、指定可能な席で、青い席は指定不可能な席です。
自分の名前の横にある座席番号と照らし合わせて、場所をご確認ください。
オレンジ色の、足元の広い場所・リクライニングが倍できる席は、エコノミー・コンフォート席で16000円前後のUPです。
黄色の足元の広い席は、9400円前後のUPです。
赤色は、何の変哲もない一般の席ですが、4000円前後のUP料金により、席を取ることが可能な席です。
上記の値段は、大阪~アムステルダム間で、アムステルダム~ヴェネツィア間はオレンジ色の席が2000円UP、黄色の席が2600円前後UPです。

11/19 大阪~アムステルダム
12時間のフライト。
111901

これでも、数日粘ってこのような状態になりました。
その前はこんな感じ。私の席がプリファード席になってしまった理由です。。。)

11/19 アムステルダム~ヴェネツィア
2時間10分のフライト。
111902
右側にヴェネツィア本島が見えるはずなので、翼をさけて席を取ってます。

11/24 ヴェネツィア~アムステルダム
2時間10分のフライト。
112302同様に、確約はないですが、右側にヴェネツィアが見えるだろうと言う目論見で右側に固めています。

アムステルダム~大阪
11時間05分のフライト。
112401
これでも席も取れて、固まった方です。
他に指定可能な席は、10/30現在みあたりません。
旅行会社の話では、この便はチケット自体がまだあまっているくらいなので、蓋をあけてみたら空き席が多いのでは、とのこと。
その前はこんな感じ4席しか空きのない状況。。。)

UP席を希望の方は、お早めにお知らせください。
メンバー内で細かい座席は、話し合いで決めましょう。
当日、席が空いていれば自由に変わることができます。

よろしくお願いいたします。

10/29 Q&A

  • 飲み物について
  • イタリアといえば、やはりワイン。安くておいしいです。
  • もちろんビールもあります。たいていドイツビール。ピッツァのお供には常にビールです。
  • 食前酒(アペリティーボ)は、ヴェネト州ではスプリッツ、という甘いカクテルをみんな飲みます。
  • もしくは、プロセッコ、というシャンパンのようなものを食前酒や最初の1杯として飲みます。通常スプマンテと言いますが、ヴェネトでは産地でもあるのでプロセッコという名前が付いてます。実は、都市が変わるごとに泡ぶく系の種類が変わったりもします。パドヴァではセルプリーノ、ヴィチェンツァ・ヴェローナあたりではドゥエッロという炭酸系のアルコールがあります。飲み比べができるといいですね。
  • 食後酒(ディジェスティーボ)として、消化を助けるために強いお酒を飲みます。グラッパはじめ、リモンチェッロ、アマーロ、サンブーカ、、、等。
  • もちろんノン・アルコールもあります。水は有料。炭酸の有無をいいましょう。
  • スーパー・お店
  • ホテルの近く(北200m)にAlìというスーパーがあります(8:30~20:00日曜休)ので、1日目の夕食前など行くことが可能です。庶民のおやつからお酒類まで、お手軽なお土産などもそろうかもしれません。
  • 2日目のヴィチェンツァ、3日目のヴェネツィア、4日目のヴェローナで、街の中の小売店など寄ることも可能です。
  • お土産用の箱に入ったお菓子などは、空港の免税店などが揃っているのですが、出発が朝早いので期待できません。なるべく気に留めておきますので、道すがら必要な「箱入りお土産」を買うようにしましょう。
  • 経由地のアムステルダム
  • 空港からは電車で20分で旧市街に着きます。運河の街はどこも絵になり素敵です。
  • アンネの家、ゴッホ美術館、などが見所となるでしょう。
  • ドラッグが合法の街なので、らりッテル人も見られるかも。若干の注意が必要です。
  • ちなみに車での建築ツアーは、2時間250ユーロであるようです。

10/27 入場料について

入場料についてお知らせします。

1人あたり110ユーロとなります。
先日のミーティングにおきましては、75~100ユーロほど、とお伝えしておりましたが、11/21訪問のラ・ロトンダが冬季(11月~3月)はプライベート以外の内部訪問ができないとのことで、少々お値段が張ってしまいましたこと、ご了承くださいますようお願いいたします。

訪問地入場料備考  
ブリオン墓地1人3.33ユーロ
全員で30ユーロ(お礼)
カノーヴァ彫塑館10ユーロ
ラ・ロトンダ44.44ユーロ全員で400ユーロ
テアトロ・オリンピコ11ユーロ
鐘楼8ユーロもしくはプンタ・デッラ・ドガーナ15ユーロ
オリヴェッティ・ショールーム5ユーロ撮影料3ユーロ
クエリーニ財団10ユーロ
ヴェローナ・カード18ユーロランベルティ塔:5ユーロ
アレーナ:10ユーロ
カステルベッキオ:6ユーロ
110ユーロ

関空で集金予定です。(もしくは着いてからホテルで換金される場合は、11/20の出発前でも構いません)

10/26 イタリア犯罪被害事例

■□2015年9月の邦人犯罪被害事例■□

在ミラノ日本総領事館領事・警備班 ミラノ総領事館危険情報の詳細

2015年9月中に当館に届出のあった邦人の犯罪被害件数は15件で,9月までの
累計は123件となりました。

<9月の被害例>

9月2日午後1時頃
見本市会場商談中,椅子と背中の間に置いていたバッグを盗まれた。

9月9日午後3時30分頃
見本市会場商談中,足下に置いていたバッグを盗まれた。

9月12日午後4時頃
中央駅付近写真撮影中,置き引きにあった。

9月13日午後6時頃
地下鉄内ズボンのポケットから旅券を盗まれた。

9月24日午前0時頃
飲食店隣の椅子に置いていたバッグを盗まれた。

9月26日午後8時頃
ホテル内レストランで食事中,椅子の背もたれにかけていたバッグを盗まれた。

9月27日午後1時30分頃
水上バス内(ヴェネツィア)バッグ内からポーチを盗まれた。

 

今月もスリ,置き引きの被害が多く見られました。先日も,地下鉄駅構内でエレベーターに
乗り込んだ旅行者に対する集団スリ犯が捕まったと報道されていました。

エレベーターや車内で不必要に押されたりした場合は,スリの被害にあっているかも
しれません。相手の動向,貴重品に十分注意してください。

ミラノ中央駅,カドルナ駅及びポルタガリバルディ駅などターミナルとなっている駅では
特に注意が必要です。
また,見本市会場での置き引きも発生しています。商談中も貴重品には十分注意を
払ってください。

見本市が開催される期間は,Rho Fiera に向かう地下鉄車内でのスリ被害も増えています。
これからはコートを着用することも多くなりますが,貴重品を入れたバッグを
肩にかけた上から,コートを着用することも検討してください。ひったくりには有効です。
また,乗り物内ではコートで手元を隠しながらスリを働く犯人も増えてきます。
コートを手に持っている人が近づいてきた時には,貴重品に注意してください。

<旅行の際の注意事項>
最近、ヴェネツィアでちょっと散歩に行ったつもりで迷子になる事例が発生しています。
ホテルから外出する際は,ホテル名の記載されたパンフレット等や地図を携行して
ください。
ヴェネツィアは細い道が多く,また見通しが悪いため所在地を見失いやすく,旅慣れた方
でもに迷います。「ちょっとそこまで」のつもりが一晩迷ったという事例もありますので,
十分気をつけてください。


ジャパン-イタリア トラベルオンラインのメルマガ(10/26)の情報より。

10/20 スケジュール補足・Q&A

第一回ミーティングにて、
スケジュール説明、質疑応答を1時間半ほどいたしました。
スケジュール表と訪問都市の地図を配布。

スケジュール
「研修旅行2015」トップページを参照頂くか、pdf(←クリック)をダウンロードしてください。

  • 11/19 出発
  • 予定していた朝一のJRでは余裕のない到着時間なので、万が一を考慮し、「ちょい宅」を利用します。(追ってメールします)
  • KLM航空利用で、行きは5時間20分の乗り換え時間があります。
  • ホテル到着は、うまくいけば23時頃の予定。
  • 11/20 第一日目(専用車でスカルパ建築の訪問)
  • 時差ぼけ、移動の疲れなどありますが、頑張って8時半頃出発。
  • 専用車で家具工場へ。Lagoトヨタ生産方式を工場に取り入れている会社です。
  • ブリオン墓地訪問※市民墓地の一角なので、写真撮影に夢中になりすぎないよう注意。
  • 昼食を軽くとって、カノーヴァ彫塑館へ。※残念ながら内部写真撮影ができません。
  • 蒸留酒グラッパで有名な街バッサーノ・デル・グラッパ。パッラーディオ設計のヴェッキオ橋を見学します。
  • 専用車でホテルに戻り、ホテルで食事をします。
  • 11/21 第二日目(建築現場とヴィチェンツァ)
  • メストレの隣町パドヴァまで電車で(約30分)。駅から元同僚の車に乗って、建築現場へ。
  • 設計に携わった住宅の建築現場を見学。省エネ住宅について説明します。
  • 同じく車でパッラーディオの代表作「ラ・ロトンダ」へ。内外部見学、調整中xxx難しい可能性もあり。
  • パッラーディオの街ヴィチェンツァにて昼食。
  • テアトロ・オリンピコを見学。
  • シニョーリ広場など、世界遺産の町を散策。
  • ホテルに電車で戻り、メストレの街の広場近くにて夕食。
  • 11/22 第三日目(水の都ヴェネツィア)
  • バス又は電車でヴェネツィア本島へ。
  • スカルパ作IUAV大学正門見学
  • 広場(カンポ)路地(カッレ)を通って、又は水上バスに乗って、プンタ・デッラ・ドガーナへ。
  • 周辺・外部見学後、内部見学したい人とサンマルコ鐘楼のぼる(EV有)人とに分かれます。
  • 11時にサンマルコ広場で集合、オリベッティ・ショールームを見学。
  • リアルト橋周辺で昼食、散策。
  • 14時半に大運河に面した15世紀のパラッツォ(貴族の邸宅)を改修した住宅を見学します。
  • クエリーニ・スタンパーリア財団を見学。
  • サンマルコ広場周辺を散策、夕食。
  • バス又は電車でホテルへ。
  • 11/23 第四日目(ヴェローナへ)
  • 電車(8.02発)でヴェローナへ(約1時間)
  • ヴェローナ市民銀行見学
  • ※イタリアの月曜日は特殊:土曜のAMを働く代わりに月曜のAMが休みをとるという店が多い。
  • ランベルティの塔にのぼり(EV有)高所からヴェローナを眺めます。
  • エルベ広場その周辺を散策、昼食
  • アレーナ(古代ローマ闘技場)を見学
  • カステルヴェッキオ美術館を見学
  • アグリツーリズモで夕食(、、、を計画中)
  • 最後の夜。出発準備。
  • 11/24 帰国にむけ出発
  • 朝5時、ホテル出発。
  • 朝食はホテルが携帯用に準備してくれる予定
  • 約6時間の乗り換え時間のあるアムステルダムで、出国、市内観光を検討しています。(市内まで電車で20分程度)
  • 11/25 日本帰国
  • 午前9時35分、関空到着。
  • 神戸の文野さんとお別れ。
    福井組は、はるか、サンダーバードと乗り継いで、うまくいけば午後1時半頃服胃液到着予定。
  • 福井駅にて解散。

質疑応答

  • 気候は?寒いのか?服は?
  • 福井とだいたい同じ。(文野さんお住まいの神戸とは2~3度は違うかも?)
    無難にちょっと寒めを設定した方がよい。
  • 天気は、あまり期待せぬよう。折りたたみ傘は準備ください。
  • 向こうの気候情報・天気予報を直前にはお知らせ予定。
  • 持って行くお金について
  • 食事時のアルコール代(テーブルワイン1L5~7ユーロほど)、普段の飲料・お菓子代、細かいお土産代等にユーロ現金が必要となります。
  • 入場料は75~100ユーロ(10000~13500円)ほど別で準備をお願いします。事前に明細をお知らせします。関空で集金予定。
  • カードは、JCB以外、VISA、MASTERなどを。
  • 両替について
  • 滞在先のホテルレセプションで換金(円→ユーロ)できるとのこと。レートも悪くないようです。
  • 向こうのATMでカードキャッシングも可能。手数料はカード会社に寄りますが2~300円/回程度か。
  • ホテルについて
  • 「Hotel the Plaza Venice-Mestre」TEL:+39.041.929.388 | info@hotelplazavenice.com
    ヴェネツィアの隣、メストレ駅前に立地。
  • ドライヤー、タオル常備。
  • wifi使えます。
  • スリッパはありません。飛行機内でのスリッパを兼ねてもって行きましょう。
  • お風呂付の部屋をお願いしています。
  • チップは不要(義務ではない)です。最後の日に満足したら、気持ち分置くといいと思います。
  • 治安について
  • 観光客の多い街(ヴェネツィア)、所(駅周辺)などは、気をつけましょう。
  • すりなどは東欧系の人に特に注意。
  • 向こうから親切に愛想よくやってきた場合は注意。こちらから声をかけて仲良くなる場合は多分大丈夫。
  • パスポート入れを肌身離さず首から吊るす、のも良いと思います。(厚着で見えない)
    もしくは大事なものは一ヶ所に集中で重点管理、という方法もあり。
    肩がこるほど、緊張する必要はなし。
  • 日本ほど治安のよい国はないので、十分に注意し隙を見せず行動しましょう。
  • ホテルによると、部屋の金庫に貴重品を入れてもらっても、これまで問題は起こっていない、大丈夫だとのこと。
  • ホテルのレセプションの金庫に預けることも可能。
  • コンセント
  • ヨーロッパ用のC型(100均でも売ってます)
  • 最近の電化製品(カメラ、スマホなど)は変圧器は不要のはずです。念のため確認を。
  • 電話について
  • はぐれた場合など、街のwifiポイントからライン、もしくはskypeなど使って無料で連絡できます。
  • ラインのグループを作りましたので、持っている方、出発前に登録しましょう。
  • 板倉の現地の携帯番号、スカイプ名などをみなさんにお伝えします。
  • イタリアへの電話は、市内局番の最初のゼロは省略しません。
  • ドレスコードについて
  • 動きやすさを第一に、服などの準備をしてください。
  • ジーパンで全く問題はありません。
  • 靴は歩きやすいものを。ヴェネツィアでは歩きます。体力もつけておいてください。
  • アックア・アルタについて
  • ヴェネツィアではアックア・アルタ(浸水現象)の時期です。道路が水に浸かっていても、路上でビニル長靴?を買えますので、長靴は不要です。
  • ヴェネツィア市の発表するアックア・アルタ予想を参考ください。(見方:90cm以上で、ヴェネツィアで最も低いサンマルコ広場が大方浸かります)
  • 食事について
  • イタリアの食事開始時間は、昼は13時~、夜は20時~が一般的。
  • なるべく日本の習慣に合わせたいですが、準備ができていない場合もあり、12:30~、19:30~と考えておいてください。
  • 出発日の夕食は含まれていません。空港内で各自とります。(昼食は機内食)
  • 旅行代金に含まれている食事のボリュームですが、昼はアンティパスト+プリモ、夜はアンティパスト+プリモまたはプリモ+セコンド、というイメージです。
  • イタリア人は、ずずずーと蕎麦等をすする音を嫌いますので、その1点だけは注意してくださいね。(鼻水をすする音も注意!鼻水が出る場合は、逆に音を出してかんでください!)しかし作法など、極端に気にせずにどうどうと飲食しましょう。

アンドレア・パッラーディオ

mappa_palladio

AU2011年11月号のアンドレア・パッラーディオ特集

(廣瀬さんにスキャンしていただきました)

Kawashiman.26 (昭和63年発行の川島織物の季刊誌)


Wikipediaウィキペディア(日本語版)より リンク

アンドレーア・パッラーディオ(Andrea Palladio, 1508年11月30日 – 1580年8月19日)は、イタリア・パドヴァ生まれの建築家。本名はアンドレーア・ディ・ピエトロ・デッラ・ゴンドーラ(Andrea di Pietro della Gondola)。

生涯

1508年、パドヴァの粉屋ピエトロ・デッラ・ゴンドーラの子として生まれる。後に石工となるべくバルトロメオ・カヴァッファの工房に入ったが、やがてヴィチェンツァに移り、ジョヴァンニ・ディ・ジャコモとローラモ・ピットーニの工房に入った。その後、人文主義者ジャン・ジョルジョ・トリッシノから建築家としての素養を見出され、古典主義思想とローマ時代の建築について手ほどきを受け、同時に数学、音楽、ラテン文学などについても薫陶を受けていたとされる。何度かのローマ旅行などを経た後、本格的に建築家として活動するにあたり、パッラーディオという名前をトリッシノから与えられた。これはトリッシノ自作の叙事詩の天使の名として考えられていた名前だといわれる。彼の活動に大きく影響を与えたのは、1541年と1545年にトリッシノとともにローマを訪れた際である。パッラーディオは、ウィトルウィウスの『建築十書』を片手にローマの古代建築を見てまわったが、これは古代ローマに関する知識に大きな影響を与えた。また同時にドナト・ブラマンテとラファエロ・サンティなどの当時のローマ流行の先端も知る。1546年、ローマから帰国した彼は、ヴィチェンツァ市で予てから懸案となっていたパラッツォ・デッラ・ラジョーネ(通称バシリカ、市の役場兼公会堂、イタリア北部には多く見られる類型)の改修案を市に提出し、この案はヤーコポ・サンソヴィーノやジュリオ・ロマーノなどの既に名声を確立していた建築家の案を退けて当選した。この公共建築は市のシンボルとなる巨大なものとなり、セルリアーナを連続させるというユニークな構成、またその連続のさせ方も非常に凝った造りであり好評を博した。これを契機に彼の名は北イタリア一帯に広まり、以後仕事の依頼が増えることとなる。

サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂正面
ヴィチェンツァでの最初の邸宅建築であるパラッツォ・ポルト(1549年頃着工)は、明らかにラファエロとブラマンテの影響を受けたものであるが、1550年に起工されたパラッツォ・キエリカーティは、ヴェネツィアの伝統に則しながらも、ローマ時代の邸宅のイメージをパッラーディオ独自の手法で重ね合わせたユニークなものとなっている。彼の別荘建築はシンメトリカルな平面で、各部を調和比例によって決定することについて自身の著書にも述べているが、実際にはそのようになっているものは少ない。またこの記述をもとにして、各部を調和比例によって決定する手法の是非について、その後多くの会派を生むことになった。1554年起工のヴィッラ・バルバロ、1556年のヴィッラ・バドエルなど。1566年に着工したヴィラ・アルメリコ(ラ・ロトンダ)は、建物の4面が同じファサードというユニークな形態で、その後イギリスなどに多くのコピーを生んだ。パッラーディオは、ヴェネツィアでも仕事を受けた。1564年に、修道院長アンドレア・パンプーロがベネディクト派鼓舞のために計画したサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂、1578年に、ペスト終結の祈願としてジュデッカ島に建てられることが決定されたイル・レデントーレ聖堂の建設である。1556年、ヴィチェンツァの貴族と知識人は、文化活動の拠点としてアカデミア・オリンピコを設立し、パッラーディオは、1580年初旬に恒久的劇場としてテアトロ・オリンピコを設計したが、その年の夏に死去した。

設計手法

平面図を基本にして空間を設計した最初の建築家と考えられており、それまでの彫刻家や絵描きが建築を創る手法と本質的に異なる手法である点で、最初の専業建築家またはプロ建築家ともされる。活躍した時期は、一般的には後期ルネサンスからマニエリスムの建築家と分類されている。古典建築の形態要素であるオーダー・アーチを用いながらも、その構成方法は年齢によって差がある。彼の手法で有名なのは「セルリアーナ」またはパラディアーナと呼ばれるアーチと柱を組み合わせた開口部の表現であるが、これはパッラーディオがローマ建築を研究する中でセルリアーナの原型を発見し、影響を受けた結果と考えられている。ジャイアント・オーダーの用い方や、普通の住宅にペディメントを取り付ける手法など、一歩間違えれば奇異になりかねない大胆な手法を駆使した。

影響

パッラーディオは職業建築家としては最初期の人物で他の芸術活動には携わらなかった。彼の建築はローマ時代の建築知識に基づくものであるが、これは考古学的知識と実際に遺構の実物を多く見た経験に基づくものである。また彼がローマ建築を調査し、論考した『ローマ建築(Le antichita di Roma)』は1554年に出版されており、これはネオクラシシストたちに多大な影響を与えた。そして1570年刊行の『建築四書』は、彼の建築理論の集大成であり、後のパッラーディオ主義(Palladianism)において常に引用される標準テキストとなった。彼の死後、一時期はその名が埋もれた状況となったが、18世紀のイギリスにおいて、イニゴ・ジョーンズやバーリントン卿らによってその建築と著作が再発見され、パッラーディオ主義とよばれる建築運動を巻き起こした。これは当時の支配階級の嗜みという側面が強い。以後彼の建築はその多くが保存修復され、 21世紀の現在もヴィチェンツァを中心に多く現存し、その姿を見ることができる。またヴェネト地方の別荘群は世界遺産に登録されている

カルロ・スカルパ

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『Carlo Scarpa』鹿島出版会


Wikipediaウィキペディア(日本語版)より リンク

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カルロ・スカルパ(Carlo Scarpa、1906年6月2日 – 1978年11月28日)はヴェネツィア生まれのイタリア人建築家。素材の扱いに長けていた。

経歴

ヴェネツィアに生まれ、職人の親方の下で長期間見習いをしていた間に、建築に対する理解を深め技術を磨いた。17歳から建築家ヴィンチェンツォ・リナルドの事務所で設計活動を始める。彼の建築は素材への感性豊かな想像力に基づいており、季節や歴史といった時の移ろいを繊細に表現する。安藤忠雄やマリオ・ボッタといった建築家にまで、幅広く賞賛されている。
1978年、仙台に滞在中に階段から足を踏み外して死亡。脳腫瘍が末期状態だったため、自殺ではないかといわれている。そのキャリアの多くを展覧会の会場構成や既存の建物の改修が占める。

代表建築

アッカデーミア美術館 (ヴェネツィア)
ヴェネツィア・ビエンナーレの中央館(ジャルディーニ公園)
パラッツォ・フォスカリ、ヴェネツィア 1935 – 1956
ヴェネツィア・ビエンナーレ・ベネズエラ館、 1954 – 1956
カステルヴェッキオ美術館改修、イタリア・ヴェローナ 1956 – 1964
オリヴェッティ社ショウルーム、イタリア・ヴェネツィア、 1957 – 1958
クェリーニ・スタンパーリア財団改修、イタリア・ヴェネツィア、1961-1963
ブリオン家墓地、イタリア・San Vito(トレヴィーゾ県アルティーヴォレ町)、1969 – 1978
ヴェローナ銀行増改築、イタリア・ヴェローナ、 1973


スカルパのweb上の記事収集


Wikipediaウィキペディア(伊語版訳)リンク

カルロ・スカルパは、イタリアの20世紀を代表する建築家であり、デザイナーであり、教育者である。彼の作品は、さまざまな賞を受け評価されている。

カルロ・アルベルト・スカルパは、1906年6月2日、ヴェネツィアに生まれた。
幼少時代はヴィチェンツァで過ごし、1919年アート・アカデミーで勉強をするためにヴェネツィアに戻る。そこには、既知の建築家グイド・チリッリ、ヴェネツィア人のヴィンチェンツォ・リナルドがいた。リナルドのところではアシスタントとして働き、1934年には彼の姪オノリーナと結婚する。
一方、ムラノ島でのガラス工房でのデザイナーとして働きながら、アカデミー在学中には最初の教職としての任命を受ける。
1926年、アカデミーを修了し、1931年グイド・チリッリの事務所で働き始める傍ら、ヴェネツィア高等建築専門学校にてアシスタントとして働く。チリッリからは、建材の詳細な納まりや品質について学んだ。
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