月別アーカイブ: 2015年11月

テアトロ・オリンピコ

アンドレア・パッラーディオの設計した劇場

現存する最古の屋内劇場。その頃ルネッサンス時代の劇場は、宮殿の中庭などに仮設されたものであった。

1555年に、文化的な街にふさわしいアカデミー(学術団体)を、それまでは散らばっていた形式を1つにまとめようと、街の知識人21人(その中にパッラーディオも入っていた)が発案、有力者たちが寄付をし、オリンピア・アカデミー(文学、歴史、哲学、科学、技術、芸術などを学ぶ場所)を設立。その中でも活動的であった演劇(古典喜劇)部門のための劇場を作る案が浮上し、パッラーディオに設計を依頼。
TeatroOlimpico01
この劇場は、紀元前の建築家ウィトルウィウスが建築十書に記述した古代ローマ劇場をベースに、またその頃近くに存在していた古代ローマ劇場のベルガ劇場を実測・研究することによって、設計された。1580年に着工するも、その年にパッラーディオが死去。息子のシッラがパッラーディオのデザイン・注釈を引き継ぎ、1584年に階段状観客席とそれを囲む装飾とプロセニアム・アーチのみを完成させる。しかしアカデミーが本当に必要としていた、パースペクティブを持つ舞台装置をパッラーディオが設計していなかったために、ヴィチェンツァの若き建築家スカモッツィがその意図をくみ設計し完成させた。ギリシャの都市テーバイにある7つの道を模していると言うその舞台装置は、一時的な使用として木製・漆喰で仕上げられたものの、これまで取り壊されたことはなく、火事や爆撃などの危険も想定されながらも奇跡的に現在にまでそのオリジナルが残っている。照明システムも、スカモッツィが設計した。
TeatroOlimpico02
現在の研究では、パッラーディオは当時、パースペクティブな装置は中央の通りのみ、脇の2本の通りは絵画による舞台背景と想定していたのでは、と考えられている。

最初の公演は、1585年のカーニバルの時期。テーバイが舞台となる「オイディプス王」であった。

バッサーノ・デル・グラッパ

ヴィチェンツァ県のビチェンツァ市に次ぐ大きな都市。

以下は、JITRA(サイトJapanItalyTRAvelより抜粋)

街について

バッサーノ・デル・グラッパは人口4万人の非常に古い歴史をもつ町です。バッサーノという名前の謂れは、ラテン語Fundus Bassianusという「地主Bassioの農地」という意味。ベネト・アルプスの麓、モンテ・グラッパ Monte Grappa とアジアーゴ Asiago、セッテ・コムーニ Sette Comuni の高原の間にあり、街の中をブレンタ川 Brenta が横切っています。この地形は温暖な気候をもたらし、ヨーロッパでオリーブが果実をつける最北端の町となっています。町の歴史は998年に始まり、エッツェリーニ家 Ezzelini に支配された中世を経て、ヴィチェンツァ支配下におかれ、パドヴァ、ヴェローナの手に渡り、1404年から1796年までヴェネチア共和国の下で文化、芸術、建築などにその影響を大きく受けました。繊維産業(毛織物、絹織物、皮製品)や金細工なども盛んでした。ヴェネチアの貴族や裕福な商人の別荘となった屋敷の美しい様式にその影響がみられます。現在でもバッサーノは自動車で1時間程度のヴェネチアと強く結び付き、ある種の親近感を抱いているのです。バッサーノはその後にナポレオンに征服され、オーストリアに譲渡されました。イタリア統一後から世界大戦までバッサーノでは陶器などの産業と北ヨーロッパとの商業で発展しました。第1次大戦の終わりごろにはバッサーノとモンテ・グラッパは戦場となり、第2次大戦後は反ファシズムのパルチザンの功績を称え、バッサーノの町に金メダルが送られました。

文化・芸術

文化面では市立博物館 Museo civico を中心として、研究活動や展示などをはじめとする活発な活動が繰り広げられています。市立博物館には考古学セクション、アントニオ・カノーヴァ Antonio Canova の貴重な設計図を保存したセクション、バッサーノが誇る1500年代の画家ヤコポ・バッサーノJacopo Bassano の代表作品も納められています。また、町の陶器の歴史を記録する大切な陶器博物館 Museo della ceramica もあります。町のシンボルであるポンテ・ヴェッキオ Ponte Vecchio はブレンタ川にかかる屋根のついた美しい木の橋で、”アルプス山岳兵の橋”とも呼ばれています。度重なる川の氾濫や戦争で何度も破壊されましたが、その度にアンドレア・パッラーディオ Andrea Palladio の設計(1569)に忠実に再建されました。

町の見所とイベント

カステッロ・エッツェリーニ Castello Ezzelini を中心とする歴史的中心地区には広場、教会や塔、記念物や芸術作品などの見所もたくさんあります。さらに、市立陶器博物館、ブレンタ川にかかるポンテ・ヴェッキオは言うまでもないでしょう。近くのアーゾロ Asolo、カステルフランコ Castelfranco、チッタデッラ Cittadella、マロスティカ Marostica やポッサーニョ Possagno はベネトの平野と丘陵地帯が出会う素晴らしい自然環境にあります。

毎年7月と8月には屋外でオペラ・エスターテ・フェスティバル・ベネト Opera Estate Festical Veneto が開かれ、世界各地のダンス、芝居、コンサート、ジャズ、オペラなど多彩なプログラムに惹かれて多くのファンがやって来ます。10月から4月は各種の演劇、コンサートが開かれます。12月はガリバルディ広場で伝統的なクリスマス・マーケット。子供はメリーゴーランドで楽しみ、大きなクリスマスツリーが1年を締めくくります。

食べ物やショッピング

バッサーノの有名な白いアスパラガスはその独特の栽培方法で、デリケートな風味を持ち、4月~5月の料理に登場します。また、バッサーノには、DOCワインに加えて、古くから蒸留酒製造の伝統があります。1601年にはこの町に蒸留酒の同業組合が設立されています。バッサーノのグラッパはその伝統と品質の高さで、世界中に町の名を広めました。現在ポンテ・ヴェッキオ周辺にはグラッパの店が集中しており、試飲や買い物ができるだけでなく、生産工程に興味がある人はグラッパ博物館 Museo della Grappa の見学もできます。地元の郷土料理を出すレストランやトラットリアは市内にも郊外にもたくさんあります。グラッパ以外にも小さな工房で伝統の陶器、貴金属、鉄細工、家具、テキスタイル印刷や版画などの手工芸品を販売しています。

Lago~家具メーカー

毎年春に開催される家具の国際展示会ミラノ・サローネをはじめ、イタリアン家具、イタリアン・キッチンなど、家具製造も重要な国の産業の1つであります。
B&BやCassinaなどの名の知れた家具の産地は、ミラノの北、コモ湖の南側の地域が有名です。その他、実はヴェネト州も、隣のフリウリ・ジューリア州と並んで家具を製造する中小企業が多く立地しています。
今回訪問する方面はしかし、ちょうど家具産地の狭間にあたり、家具工場は比較的少ないゾーンではありますが、工場訪問のできそうなところ、モダンファニチャーを製作しているところ、という点を踏まえ、家具メーカーLAGO株式会社Lago SPAを訪問することに決めました。製造理念も日本と関わりがのあるという点も興味深いところです。
純粋に、イタリアの家具工場がどういうところか、見学したいと思います。

以下は、LAGOのHPを翻訳したものです。

Lago
www.lago.it

歴史 Storia
Lagoの歴史は、ポリカルポ・ラーゴが、高貴な邸宅やヴェネツィアの教会において家具職人として活動を始めた1800年の終わりから始まります。
次の世代もその伝統を受け継ぎ、新婚カップルのための部屋、そして一連の玄関家具を製作していきます。
1980年代、その息子たちが一旦立ち止まり、リビング家具、寝具の製作に転換させます。
2006年、その息子たち、つまり4代目となる世代が、Lagoを株式会社とし、世界へと目を広げました。

現在Lagoは、売り上げが3000万ユーロ(40億円)、従業員は170人に達します。販売店は世界に400店舗を数え、Lagoの専門店は、ローマ、ミラノはじめとしたイタリアのみならず、ロンドン、パリ、マドリード、バルセロナ、ベルリン、プラハにも置かれています。
他の文化、パートナー、代理店、消費者、ブロガーたちとの交流をもち、更なる発展を図りつつも、根本的な関係はしっかりと携え続けていきます。

Lago工場 Fabbrica
Lagoの工場は、サスティナブル住宅の原理に基づき、建築家イタロ・キウッキーニにより設計されています。工場としてではなく、陽が沈むと作業場が夕日で満たされるような、ガラスや木でできた家の様相を持ちます。建設に当たっては、工場建築では通常使わないような材料が使われています。木やレンガ、ガラス、鉄、アルミなど。傾斜した屋根が織りなす一連のハーモニーは、そこで作業する人間にとって好ましい、ヒューマンサイズな空間を作り出しています。

また、Lago工場は、「無駄を削る」メソッドのもと、家具を製作しています。この簡潔な考えは、意味のない時間を割き、無駄を減らし、確実な改善を手に入れることができるのです。
Lagoは、事業及び製作の2つの柱から成り立っています。いずれにおいても、TOYOTA生産哲学に依拠しています。

Kaizen & Lean Thinkign: 改善と無駄
Kaizen改善とは、企業内部の隅々まで巻き込んだ、1歩1歩継続的に修正していく、という日本の方法論です。改善の基本は、「企業のエネルギーは下部から」という意識であります。つまり企業の成功は、経営手腕ではなく、製造における直接的な仕事によるものなのです。
Lean Thinking無駄をなくす、とは、製造過程において最善の効率をあげることを表彰する企業の制度を通し、無駄を最小限に抑え最終的になくすことを目的にした「身軽な製造」と同意義であります。

無駄を省くLean Thinking考えにより、Lagoは常に、規制のない無秩序や、手待ちな時間、といった余分な行動を避け、つまりそのような時間に消費者がお金を払うことにならぬよう、不動の製造改善を模索しています。結果、生産プロセス、イコール生産価値であり、デザインの発想から製作まで、その製品は、どこにも「置き放たれる」ことなくクライアントの家にたどり着くというわけです。

ビジョン「Interior Life」
人が多くの時間を過ごす場所が質の高い空間であれば、その人の生活・人生も質の高いよりよいものになるであろうと考えます。
それが、Lagoのデザイン・ビジョンであり、「Interior Life」に我々は重きを置くのです。つまり、誰もが持つ感情に関する内面的Life、そして事務所、家、ホテル、病院、学校などにおける気持ちよく過ごせるインテリアのあるLifeです。

Lagoの哲学(Lago Interior Life Manifest)は、11の言葉で表現できます。
1 すぐに簡潔に
2 自分の内面のためのインテリアをデザインしましょう
3 1つ1つの小さな人間関係を信頼しましょう
4 私たちはみんな羅針盤を持っているのです~頭と心と勇気と
5 無に生命を持たす中身を考えましょう
6 経験と価値観をもって心地よい空間を作りましょう
7 美は、常にビジョンの中にあります。
8 時間を過ごすための、その本質であるもの。
9 デザインはあなた、我々はその必要とする「アルファベット(基本)」を供給するだけです。
10 あなたが好きなことをするその時に、「創造性」と言うものがやってくるのです。
11 決して止まらないで。

11/02 お天気の比較

ヴェネツィアと福井の10日間天気予報を比較してみました。
向こうの最低気温はすでに福井よりも低いですね。

しかし天気はよさそうです。
このまま続くといいのですが!

meteo_1102fukuilun(2/11)が、本日11/2月をさします。
meteo_1102venice

文野さんの神戸は、まだまだ寒さは厳しくないのですね。
meteo_1102kobe

参考にしてください。